上記に引用しているが、朝日賀は、国家からの戦争協力の強制に対して「富山エスペラント会のように『嵐に向かって吠えることをやめ』、消極的姿勢をとって何もしなかった人たちがあったことを忘れてはならない」と書いている。
これは何のことかと思いつつ、調べないできたが、気が向いたので検索してみた。
前段の出来事「新体制」
La Revuo Orienta 1940年10月号に発表されているように、日本エスペラント学会は、IEL(Internacia Esperanto-Ligo、国際エスペラント連盟)から脱退した。それはIELの「民族自決主義的協調主義」が政府の言う「大東亜新秩序の建設」に相応した「政治、経済、教育、文化等あらゆる国家国民生活の領域における新体制」の確立に矛盾するためである。
これからは「従来の、平和主義的…互恵、互譲の精神によるものではなく、…八紘一宇的世界観による…言語的手段として(エスペラントが)役立つこと」が必要であり、「東亜文化圏内の国際語は、当然日本語をもって、あてられるべき」であるからである、とした。
なお、国民精神総動員はすでに謳われており、エスペラント学会の動きは「遅すぎる」と言われていたのかもしれない。
La Revuo Orienta 1941年1月号
問題の記事は『La Revuo Orienta 1941年1月号』である。
その表紙タイトルは「特輯 Ⅰ.われら何をなすべきか / Ⅱ.ハンガリヤのペイジ」である。ハンガリヤとかペイジというのがエスペラントでないのが笑えてしまう。
大石理事長の「年頭の辞」で始まる。(面倒なので、現在あまり使われない漢字は適当に現代風にパソコンの変換のままにする)
年頭の辞 大石和三郎
ここに紀元2601年の新春を迎えるに当たり、…今や我が国はここに支那事変第5年を迎え、ますます新東亜建設の事業に奮闘しつつある。…この非常時局に当たりてエスペランチストが奮ってエス語の普及と実用とに努ることは世界平和に寄与するの方便の一たるを失わない。…」
特集・われら何をなすべきか
年頭辞の次は南京政府の承認や「日満華共同宣言」の対訳などを載せている。そして、学習や翻訳の後16ページからはいよいよ「特集・われら何をなすべきか」となる。
特輯・われら何をなすべきか --- エスペラント運動新体制建設のために
文化団体といえば、政治を避けたり政治を批判したりしてきたものだが、これからは「超然的態度」は捨てなければならない。そのための新体制である。エスペランチストは国際語の技術家・理論家として大東亜の建設事業に寄与し、そこに運動の意義や民族的使命を見なければならない。
というわけで、時局に見合った「われら何をなすべきか」というお題の回答が掲載されている1月号である。
静岡支部:「植民地的風景排除」(決意表明のタイトル。以下同じ)
政治家に対してはもちろん身の回りの英語っぽいもの、外国語を使用しているものについては、エスペラントを勧めて、イギリスの植民地のような不体裁な外観をなくしていきたい。そうしてエスペランチストが増えれば、go、stop、news、tabacco ではなく、antauxen、haltu、novajxo、tabako などの語が浸透していくだろう。
鹿島支部:「国内的結束を」
「先ず国内的に結束を堅め現状を確保する事急務なり。」(これだけ)
富山エスペラント會:「僕等はこうする」
何かしようったって何も出来ないのである。…積極的な働きかけは、しようにも出来ず、しようとも思ってはいない。
「ただ我々のやむにやまれぬエスペラントへの愛情と、過去における我々の思想生活の行き詰まりに際して、打開可能の示唆の灯となったエスペラント運動への節義とは、捨てようとしたってそう簡単には捨てきれるものではない」。
「僕達はそれで、ここ2年来嵐に向かって吠えることをやめた」。嵐の過ぎ去るのを卑怯とは見ないで、我々運動主体の修復や調整を充分に行うとに決めたのである。
尤も、学会に対してこのような消極的なことを希望しているわけではない。(後出の)北陸連盟の要望については少しも改変の意志はない。
「我等何をなすべきか」であるが僕達の場合は簡単だ。これまで通り淡々と週例の会合を続ける。やっていれば誰か来るだろう、自分の頭で考えて行動する人が。案外そういう人は居るものだ。
(馬場・今村・岩杉・渡部 … 馬場は「熱心なカナモジスト」であるらしい)
札幌エスペラント會:「国家目的のために」
「支那事変勃発以来すでに4年。我等は光輝ある紀元2600年の歴史の頂点に立ちて、大東亜共栄圏と高度国防国家建設の大目的のために、あらゆるものがこれに動員せられるに至ったのである。政治も経済も文化も、唯これらの目的にのみよって存在を許され、全日本民族はこれらの目的の完遂のために自己を空しうすることによってのみ、その生存を許されることになったのだ。
この秋(とき)にあたり、日本のエスペラント運動、乃至エスペランチストはもちろんこの除外例でありえない。我等何をなすべきか---我等もまたエスペラントを武器として、国家の大方針大目的に粉骨協力すべき秋である。…」
宮崎支部:「回答なき回答」
「回答するほどの具体的意見はございません。新体制のもとに立案される中央の指令に基づいて微力を尽くしたいと思います」。(全文)