1933年侵略の定義条約

印字が潰れた条約の写真の判読。なお、1974年の国連「侵略の定義」決議はこちら

条約集 第十二輯 第十巻 (212)外務省条約局
昭和九年四月二十三日編纂

侵略の定義に関する条約(五国条約)

侵略の定義に関する条約(五国条約)

一、侵略の定義*1に関する条約

昭和8年(1933年)7月4日「ロンドン」に於て署名
昭和9年(1934年)2月17日「トルコ」国以外の四国批准書寄託
同年(同年)同月同日前記四国に付実施

「ソヴイエト」社会主義共和国連邦中央執行委員会、「ルーマニア」国皇帝陛下、「チエツコスロヴァキア」共和国大統領及「ユーゴースラヴイア」国皇帝陛下は其の国の間に存在する平和を鞏固ならしめんことを欲し
右の国が署名したる「ブリアン・ケロッグ」規約がいっさいの侵略を禁ずることを思い
侵略の辯明の為の一切の口実を予防せんだ為能う限り正確に侵略を定義することを一般的安全の利益上必要なりと認め
一切の国家が独立、安全、其の領域の防衛及其の施設の自由なる発達に関し主張するの権利を均しく有することを認め
一般的平和の利益上、其の国の領域の不可侵性を一切の人民に対し確保せんことの希望に促され
侵略を明確なる規則が普遍的と為るに至るに先ち之を其の国の間に実施することを一般的平和の為有益なりと認め
右の目的を以て本条約を締結することに決し之が為左の如く正当に任命せり
「ソヴイエト」社会主義共和国連邦中央委員会
    外務人民委員「マクシム、リトヴイノフ」
「ルーマニア」国皇帝陛下
    外務大臣「ニコラス、テイテユレスコ」
「チエツコスロヴアキア」共和国大統領
   英国駐箚(ちゅうさつ)特命全権公使「ヤン、ガリグ、マサリク」
「ユーゴースラヴィア」国皇帝陛下
   英国駐箚特命全権公使「ドクトル、ゲオグレス、デイウリツチ」
右の各員は左の諸規則を協定せり

   第一条
各締約国は軍備の縮小及制限の為の会議に宛てたる1933年5月24日附の安全問題委員会の報告書(「ポリテイス」報告書)即ち「ソヴイエト」国代表の提案の結果として作成せられたる報告に於て説明せられたる如き侵略の定義を各他国との現在の関係に於て且本条約実施の日より受諾することを約す
   第二条
依て左の行為の一を最初に為したる国は紛争当事国間に実施中の協定の留保の下に国際紛争に於ける侵略国として認められるべし
一 他の一国に対する開戦宣言
二 開戦宣言なしと雖も右の国の兵力に依る他の一国の領域への侵入
三 開戦宣言なしと雖も右の国の陸軍、海軍又は空軍に依る他の一国の領域、船舶又は航空機の攻撃
四 他の一国の沿岸又は港の海上封鎖
五 各自の領域に於て編成せられたる武装隊にして他の一国の領域に侵入したるものに対する支援の供与又は被侵入国の要求あるにも拘らず右武装隊より一切の援助又は保護を剥奪する為に各自の領域に於て其の為し得る一切の措置を執ることを拒絶
   第三条
政治的、軍事的、経済的又は他の如何なる事由も第二条に規定せらるる侵入の弁解又は弁明の用に供せらるることを得ざるべし(例としては附属書を参照すべし)
   第四条
本条約には他の一切の国家が加入することを得加入は関係各国と同様の権利を付与し及同様の義務を課す加入は「ソヴイエト」社会主義共和国連邦政府に通告せられるべく該政府は直に之を署名国に通知すべし
   第五条
本条約は締約国に依り各自の法令に従いて批准せらるべし 批准書は各締約国により「ソヴイエト」社会主義共和国連邦政府に寄託せらるべし
批准書が締約国中の二国により寄託せられたるときは直に本条約は右二締約国間に実施せらるべし本条約は他(?)の一切の締約国に付ては此等の締約国が其の批准書を順次に寄託するに従い実施せらるべし
批准書の各寄託は「ソヴイエト」社会主義共和国連邦政府に依り本条約の一切の署名国(?)直に通告せらるべし
   第六条
本条約は本書五通に署名せられ各締約国は其の一通を受領せり
右証拠として前記全権委員は本条約に署名調印せり
千九百三十三年七月四日「ロンドン」に於て作成す
          マクシム、リトヴイノフ
          メーメット、ムニール
          エヌ、テイテユレスコ
          ジー、デイウリツチ
          ヤン、マサリク

二、侵略の定義に関する条約

侵略の定義第三条の附属書
侵略の定義に関する条約の署名国たる締約国は
右条約第三条に掲げらるる規則の絶対的効力を毫も制限せざるの明示的留保の下に、侵略国を決定する性質の或指針を提供せんことを欲し
右条約第二条の意味に於ける何れの侵略行為も他国の間に於ては左の事情の一に依りて正当のものと証せられるるを得ざることを認め
甲 一国の国内事態
 例えば
 其の政治的、経済的又は社会的又は機構、其の施政上の主張せらるる欠陥及罷業、革命、反革命又は内乱により生ずる擾乱
乙 一国の国際行為
 例えば
 他の一国又は其の国民の物質的又は精神的の権利又は利益の侵害又は侵害の危険、外交上又は経済上の関係の断絶、経済上又は財政上の同盟絶交の措置、外国に対する経済上、財政上又は他の約束に関する紛争、第二条に示さるる侵略の場合の一に属せざる国境に関する事件
締約国は他方において本条約が右に列記せる事情中に包含せらるることあり得べき国際法の侵害を正当なるものと証するの用に決して供せられざるべきことを認むることに一致せり
          マクシム、リトヴイノフ
          メーメット、ムニール
          エヌ、テイテユレスコ
          ジー、デイウリツチ
          ヤン、マサリク

https://dl.ndl.go.jp/pid/10278788/1/8

附属書の要約

甲(その国の国内事情が乱れている)・乙(国際関係で不義理や紛争がある)の場合であっても、武力行使の正当化は出来ない
これら甲乙の中に国際法違反のことがあったとしても締約国は自国による侵略の正当化に用いてはならない。

条約の画期的性格

この条約は、「侵略の禁止」という道義的なスローガンの下に、相互不可侵を約定し合っただけのようにも見える。しかし単なる不可侵条約と異なる点があるという。

  1. 「侵略の定義」を国際条約として初めて明文化
    五国条約は、世界で初めて「侵略」を条約で定義した
  2. 「侵略の口実」を全面否定(第三条+附属書)
    附属書は、国内の混乱、国際関係の不義理、経済紛争、国境事件、相手国の国際法違反など、武力行使の口実としてよく使われる事情をすべて無効化。
  3. 「侵略国の決定」を自動化
    第二条は、最初に武力行使した国=侵略国と定義。これは交渉の余地を排除“先に撃った方が悪い”という自動判定を導入した点で、不可侵条約よりも厳格。

八国条約

五国条約と同一なので、前段のみ読み取って転載。すごく目が疲れる。

一、侵略の定義に関する条約(八国条約)
1933年7月3日「ロンドン」に於て署名
「アフガニスタン」国皇帝陛下、「エストニア」共和国大統領、「ラトヴイア」共和国大統領、「ペルシア」国皇帝陛下、「ポーランド」共和国大統領、「ルーマニア」国皇帝陛下、「トルコ」共和国大統領及「ソヴイエト」社会主義共和国連邦中央執行委員会は
其の国の間に実在する平和を鞏固ならしめんことを欲し
右の国が署名したる「ブリアン・ケロッグ」規約がいっさいの侵略を禁ずることを思い
侵略の辯明の為の一切の口実を予防せんだ為能う限り正確なる方法に依り侵略を定義することを一般的安全の利益上必要なりと認め
一切の国家が独立、安全、其の領域の防衛及其の施設の自由なる発達に関し均しく主張するの権を有することを認め
一般的平和の利益上、其の国の領域の不可侵性を一切の人民に対し確保せんことの希望に促され侵略を定義する明確なる規則が普及するに至るに先ち之を其の国の間に実施することを一般的平和の為有益なりと認め
右の目的を以て本条約を締結することに決し之が為左の如く正当に任命せり
「アフガニスタン」国皇帝陛下
   文部大臣「アリ、モハメツト、カーン」
「エストニア」共和国大統領
   英国駐箚特命全権公使「ドクトル、オスカル、カラス」
「ラトヴイア」共和国大統領
   外務大臣「フオルデマルス、サルナイス」
「ペルシア」国皇帝陛下
   在「ロンドン」「ペルシヤ」国代理公使「フアトラー、カーン、ヌーリー、エスフアンデイアリー」
「ポーランド」共和国大統領
   特命全権公使、国際連盟に派遣の常任代表委員「エドウアール、ラチンスキ」
「ルーマニア」国皇帝陛下
   外務大臣「ニコラス、テイシュレスク」
「トルコ」共和国大統領
   外務大臣「テヴフイク・ルストウ・アラス(?)」(ヴとルストウ以外判読できず)
「ソヴイエト」社会主義共和国連邦中央執行委員会
   外務人民委員「マキシム、リトヴイノフ」
右の各員は左の諸規定を協定せり
(以下略)

https://dl.ndl.go.jp/pid/14442402

ブリアン、ケロッグ規約(=パリ不戦条約、1928)

(前略)
人類の福祉を増進すへき其の厳粛なる責務を深く感銘し
其の人民間に現存する平和及友好の関係を永久ならしめんか為国家の政策の手段としての戦争を卒直に抛棄すへき時機の到來せることを確信し
其の相互関係に於ける一切の変更は平和的手段に依リてのみ之を求むへく又平和的にして秩序ある手続の結果たるへきこと及今後戦争に訴へて国家の利益を増進せんとする署名国は本条約の供与する利益を拒否せらるへきものなることを確信し
其の範例に促され世界の他の一切の国か此の人道的努力に参加し且本条約の実施後速に之に加入することに依リて其の人民をして本条約の規定する恩沢に浴せしめ以て国家の政策の手段としての戦争の共同抛棄に世界の文明諸国を結合せんことを希望し
(中略)
第一条 締約国は国際紛争解決の為戦争に訴ふることを非とし且其の相互関係に於て国家の政策の手段としての戦争を抛棄することを其の各自の人民の名に於て*2厳粛に宣言す
第二条 締約国は相互間に起ることあるへき一切の紛争又は紛議は其の性質又は起因の如何を問はす平和的手段に依るの外之か処理又は解決を求めさることを約す
第三条 本条約は前文に掲けらるる締約国に依リ其の各自の憲法上の要件に從ひ批准せらるへく且各国の批准書か総て「ワシントン」に於て寄託せられたる後直に締約国間に実施せらるへし
(後略)

https://worldjpn.net/documents/texts/docs/19280827.T1J.html

世界史の窓」と「Wikipedia」から

  • 1928年、フランスのブリアンとアメリカのケロッグが提唱して実現した戦争を否定する初の国際条約。
  • あくまで「締約国相互の不戦」を宣言するもの
  • 侵略の定義なし
  • 侵略の対照概念としての自衛についても定義なし

条約締結交渉過程において自衛権・自衛戦争は肯定されており、侵略がどういうことであるかも定義がないので、事実上「自衛のため」という口実で他国で軍事行動を行うことも排除されないこととなったようだ。

しかし、上記パリ不戦条約の下線部分を見ると、日本国憲法の戦争放棄原則がただの思いつきではなく、20世紀的な思想・発想の延長にあること、またこのため戦争という手段の共同放棄が求められること、自衛軍の配備拡張は時代の逆戻りの発想であることが思われる。


*1:リンク先は「手議」と書いてあると思われる

*2:日本は適用外とした