痛ましい出来事(イラン)/ Dolore malgxojega afero (Irano)

イランのレーザさんのブログ。
イランは今、大統領選挙の過程と結果とをめぐって、一般市民への弾圧が強まっています。市民への暴力は許されないことです。
Perforto kontraux civitanoj ne estas permesita!


彼女の名はネーダ。
その生涯は
夢いっぱいの
イランの女性だった。


投票したのに
その票は奪われてしまったのだ。
彼女は街頭で、失われた票を探していた。
その答えは、銃弾が命中という偶然であった。

今、ネーダと同じような人たちが、イラン中にたくさんおられる。イラン中を自分の票のを求め、探し回っているのだ。


ネーダの最期のまなざしは、イランの空により良い時を告げるだろうか?
花まっさかりの25歳。
頭には夢を、心には愛を抱いていた。
自分の声(=票)のことを疑問に思ったのが罪だったというのか。
奇しくもネーダとはペルシャ語で声(=票)を意味しているのです。

リンク先にはショッキング画像あり。注意。
文の途中、難しくてきちんと訳していないところがあります。きちんと訳したと思ったところでも誤訳はあると思います。というか、「きちん」と訳す能力はありません。ごめんなさい。

Kaj en "FaceBook" ekzistas la filmeto pri la gxuste ja sceno!

抗議活動中のイラン女性の死

公式には、19人以上の人々の死亡がイランの諸都市での抗議活動中にあったと報じられている。しかし非公式には今までに150人以上の人々が死んでいると言われている。負傷した人たちの数はもっと多い。負傷者を運んだという救急車は、病院にではなく牢屋に運んだという情報もある。前に私も言ったように、彼らが、ひどい負傷にも拘わらず、拷問されているのではないかという懸念がある。
流布され行き渡っている動画や写真のなかには、昨日のテヘランでのデモの動画があったが、その中の一つは非常に痛ましいものであった。それはケシャヴァルズ(私がイランで暮らしていた頃はそこに住んでいた)のもので、若いイラン女性が心臓を打ち抜かれて亡くなってしまうものだ。この動画を投稿した人は、その出来事についても述べている。彼は医師で、上方から射撃があったときそこにいたのだと。また狙撃者は制服は着ていなかったようだと。すぐさま彼は助命にかかったが二分後に彼女は逝ってしまった。


http://www.facebook.com/video/video.php?v=89928823259&ref=mf
(会員のみ閲覧可。かわいそうで見ないほうがよいかも。)


動画で音声での説明によれば、その女性の名は「ネーダ」であるということだった。また、男性の声も聞こえる。多分ネーダの父親ではないかと思われる。「心配するな、ネーダ、大丈夫だ、ネーダ!」
誠に痛ましい。言葉もない。私は泣くしかない。ネーダは25歳くらいだろうか。私も26歳だ。イランでは70パーセント以上の人たちが30歳未満の青年なのだ。
私たちはイランのイスラム共和国に生きてきた。あれこれの禁止事項、さまざまの差別、そして銃による強制、私たちはもっとマシな日が来るだろうと全てに耐えてきたのだ。そして私たちは変革のために努力してきた。ああ、私たちの希望はどこにあるというのか。私たちの声(票)はどこに? この血に飢えた国は、平穏に抗議している国民をどうしようというのか? この日、友人たち、家族、隣人、故郷の人々が街路に死んでいくのを私たちは目の当たりにした。
この恐怖、殺戮、暴力にもかかわらず、イランでの抗議行動は続いている。多分、世界中の人々が今のイランに注目していると思う。イラン人はこの国で抗議の声を上げている。私はテヘランで撮られた他の動画も見た。多くの人々が互いに手を取り合って、叫んでいた。「恐れないぞ! こわくないぞ! 我等は共にあり!」

これはイランの隣国に留学中のイラン女性フィフィオさんのブログです。

追記:フィフィオさんは当該の記事を削除されました。彼女は国外にいるはずですが、何か身に危険が迫るとまずいので、私もイランの方々の当該の記事へのリンクを削除しました。