historio

翻訳練習:「ブラザ合意」から40年 バブル・「失われた30年」(日本)の原因に / 40 jaroj post la 《Plaza-Interkonsento》: Kauxzo de la bulteno kaj de la 《perditaj 30 jaroj》 (Japanio)

Ĉi-jare pasas 40 jaroj post la 《Plaza-Interkonsento》. Tio fariĝis la kaŭzo de la longdaŭra ekonomia stagno de Japanio, nomata la 《perditaj 30 jaroj》. La Plaza-Interkonsento estis farita en septembro 1985 dum la kunveno de ministroj pri…

耳塚 귀무덤 Monumenta Teramaso de Oreloj

追記 ハンギョレ新聞 2025-10-13 「壬辰倭乱は残酷な侵略戦争…先祖の過ちを謝罪します」 「壬辰倭乱は地獄でした。多くの人命を失った残酷な侵略戦争に対して、心から謝罪します」 壬辰倭乱(文禄・慶長の役、1592~1598)の際、朝鮮の国土と人民を踏みにじ…

民主主義万歳 / 민주주의여 만세 / Vivu demokratio!

定期的にこの歌が気になってしまう。/ Jarojn cikle mi remeoras la kanton. 灼けつくような渇きで 2008-11-19 Kun arda soifo 2017-11-05 Laux Originala Teksto en la korea: www.youtube.com Japanlingve: www.youtube.com Prova traduko laux la japana …

Revuo Orienta 誌における盲人エスペラント運動の登場

ありがたいことにJEIは Revuo Orienta のアーカイブを有していて検索もできる。 他のことを調べていて、「盲人エスペラント大会」のおそらく第一回について掲載されていたので、引用して紹介する。 なお、盲人エスペラント協会の設立は、1928年である。(「…

半強制的に / Duontrudite

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 / Hiroshima National Peace Memorial Hall for the Atome Bomb Victims / Hiroshima Nacia Memora Domo por la Atombombitaj Mortintoj En la angla "memorial" kaj en esperanto "memor(ig)a" ne esprimas ekzakte la ja…

Mi vizitis la urbon Hiroshima

Mi kelkfoje vizitis aŭ trapasis la urbon Hiroshima, sed mi ne vizitis la pacmemorigan parkon por resti tie kun horoj. Post la esperanto kongreso mi vizitis la urbon Hiroshima por plenumi mision memori sperton de homara katastrofo. Mi antaŭ…

Rupert Falkland von Vaughan (1978-1958)

Presita kiel R.H.Vaughan. Vaughan, lian nomon oni prononcas kiel "Vohn", ne "Vohgan", "Vaugan". Strange. Pri li mi ne povas havi detalajn informojn. Mi trovis nur kelkajn krom artikolo de Esperanta Vikipedio . …しばらくして、蘭領東インドU…

Kiam "La Internacia Lingvo de doktoro Esperanto" farigxis nomata "Esperanto"? (en Germanio)

En Germanio la gazeto kaj ĝia dato, kiu plej frue publikis la lingvon de Zamenhof kiel nomatan "Esperanto", estas "Hamburgischer Correspondent", la 17an de Decembro 1887. La dato estis post nur kvin monatoj post la publikiĝo de "La Interna…

いつからザメンホフの「国際語」は「エスペラント」と称するようになったのかⅡ

1887年12月のドイツの新聞が「エスペラント博士の国際共通語」ではなく「エスペラント-語」と表記したのが、ザメンホフの「国際語」について「エスペラント」と表記された最初だったのではないか。 エスペラントは1887年7月に「国際共通語」という名で発表さ…

「プロ・エス運動の政治主義的拙劣さによる自滅」説の発信源

神村和美氏「『転向』の時代のプロレタリア・エスペラント」(城西大学語学教育センター研究年報 第15号、2023年)より エスペラント普及の先駆者、大杉栄への対応 タイトルとは直接の関係はないが、「プロ・エス運動」の対極の一つとしての「中立主義」に…

反省 HANSEI / reflekto; introspekto; pento; rimorso ... ?

全国戦没者追悼式における「反省」 2025年8月15日、全国戦没者追悼式総理大臣式辞において、石破茂首相が「反省」という言葉を首相として13年ぶりに用いたことがニュースになった。 …戦後80年が経過し、戦争を知らない世代が大多数となったとした上で、戦争…

「戦争とエスペラント主義」…1939年の世界エスペラント協会の機関紙に載ったコラム

戦争に際してエスペラント運動の主要な組織がどのような態度を示してきたのか興味がある。 ESPERANTO N-ro 479 Aug-Sept 1939 の反戦コラムの対訳を示す。 1939年の9月にはドイツがポーランドに侵攻したが、この新聞は8月9月号なので、文字通りの日付の発行…

いつからザメンホフの「国際語」は「エスペラント」と称するようになったのか

■ いつからザメンホフの「国際語」は「エスペラント」と称するようになったのか。ザメンホフが「La internacia lingvo --- Antauxparolo kaj plena lernolibro」を発表したのが1887年7月。このときは、その言語の名は「internacia lingvo」であって「Esperan…

共通して欠けているもの---二つの称揚:日本による人種的差別撤廃提案(1919年)と新渡戸稲造のエスペラント提案(1921)年

年表 日清戦争 1894-1895 朝鮮に対する支配を巡る日本と清との朝鮮~中国での戦争 日清講和条約で台湾、澎湖諸島、遼東半島を獲得 日露戦争 1904-1905 日本とロシアの間で朝鮮半島と満州(現在の中国東北部)の支配権を巡って戦われた戦争 ポーツマス条約に…

障害者の権利とイスラエル、アメリカ、日本 / Rajtoj de handikapitoj kaj Israelo, Usono kaj Japanio

私は障害者の権利のための運動に関わっているわけではないですが、障害者の権利の実現の運動にはもっと誰もが深く学び、習わなければならないと思っています。 Mi ne koncernas al la movado de efektivigo de rajtoj de handikapitoj, sed mi kredas, ke on…

植民地諸国及び植民地人民への独立付与に関する宣言 1960 / Declaration on the Granting of Independence to Colonial Countries and Peoples

Declaration on the Granting of Independence to Colonial Countries and Peoples Declaration on the Granting of Independence to Colonial Countries and Peoples | OHCHR Deklaracio pri la Donado de Sendependeco al Koloniaj Landoj kaj Popoloj ADO…

第一次世界大戦勃発時・直後の世界エスペラント協会の機関紙より

世界エスペラント協会は、月2回「エスペラント」紙を発行していたが、第一次世界大戦が勃発(1914年7月末)して、発行を中断し、世界大会(パリ8/2~)も開催できなかった。 1914年8月~12月は発行中断(目次より) 1915年1月号 下に紹介するのは、Esperant…

「国際紛争」『ドイツのエスペランティスト』紙 1914年11月号より

先に、ドイツ・エスペラント協会の標記『Germana Esperantisto』に掲載されたイギリス・エスペラント協会の会長の、第10回世界エスペラント大会流会の体験記を読んでみた。戦争の原因についても、性格についても何も触れていない。触れないのがこのときの「…

1914年 第10回 世界エスペラント大会(翻訳)

翻訳機は使ったり使わなかったり。誤訳御免。 ウィキペディア UK 1914 1914年の第10回世界エスペラント大会はパリで開催される予定であった。3,700人のエスペランティストがこの大会に登録し、そのうち2,500人は外国人であった。巨大なゴーモン・パレス(も…

エスペラントに対する弾圧とプロレタリア・エスペラント運動の「偏向や拙劣さ」(朝比賀)

敬称は略させていただく。 弾圧された人々 やみくもに弾圧されたエスペランティストとして、朝比賀昇は、La Revuo Orienta 1980年11月号「エスペラント運動に対する太平洋戦争中の弾圧について」で、以下の人物を挙げている。 アリマ・ヨシハル 松田周次 松…

中立はない(キング牧師? ツツ司教?)

ChatGPTに訊いてみた。ウラは取ってないので注意。 If you are neutral in a situation of injustice, you have chosen the side of oppressor. ChatGPT: 「If you are neutral in a situation of injustice, you have chosen the side of the oppressor.」…

「医療とは政治である」ウイルヒョウ(1821-1902)---白血病の発見者

「医療とは政治である」 ウィルヒョウ(Rudolf Ludwig Carl Virchow 1821-1902)曰く「医療は政治である」と。 なかなか正しいことを言うなぁと思ってネット検索した。外国語の日本語訳は全部 Google 翻訳です。 日本語版ウィキペディア 「医療はすべて政治…

プロレタリアエスペラント運動におけるエスペラント観(中間まとめ)

日本のプロレタリアエスペラント運動において、エスペラントは何であるか。 プロレタリアにエスペラントを普及させるべき理由 労働者の教養程度にふさわしく、国際的な階級闘争に実用的 十分な教育を受けていない労働者であっても 学びやすい 使いやすい実用…

『何から読むべきか』(1930)におけるエスペラント学習の勧め

無産社編集部編『何から読むべきか』(1930年)は階級闘争のための理論武装の必要性を労働者に説き、まさに何を買って読めばいいかという文献リストを提供するものである(全約50頁)。 目次は以下の通りで、弁証法的唯物論や史的唯物論、経済学、階級闘争な…

視覚障害関係者の反戦エスペランティストなど

鳥居篤治郎が熱心なエスペランティストであった、少なくともそういう時期があったことから、視覚障害のかかわりでいろんな人がいたのだろう。中には反戦的活動をした人も当然いる。取り上げられる人物の人生や職業が農民であったのか、教員だったのかそれと…

西東なほみち(中垣虎児郎)「戦旗」(1930)と秋田雨雀「階級文化闘争の武器としてのエスペラント」(1931)

プロレタリア・エスペラント運動は、どのようにエスペラントを宣伝したのか。 戦旗 戦旗 1930年8月号に西東なほみちの名で掲載されている中垣虎児郎の「エスペラントとプロレタリア」から拾い、要約。 1.国際的な団結のために 万国のプロレタリアは団結し…

ローマ字運動---日本語批判?

歴史的順番にはこだわらずに書いている。 先に、西東なほみちが「国語批判」のためにエスペラントを学ぶべきだと書いたことを紹介したが、これには一時期のマルクス主義的あるいは唯物論的言語観が背景にある。そしてローマ字運動(の少なくとも一部の人々)…

視覚障害者のエスペラント運動(日本)より

日本で、視覚障害者にエスペラントの火を付けたのは盲人エロシェンコであるが、彼は日本の盲人たちにどのように・どのようなものとしてエスペラントを教えたのであろうか。 また、視覚障害者の福祉の先駆者であり、エスペランティストとしても知られる鳥居篤…

『プロレタリアエスペラント講座』第1巻

あらかじめ述べておけば、日本におけるプロレタリアエスペラント運動については、尹 智燥氏「1930年代の日本のエスペラント運動と国際関係〔リンク先はPDF〕」『相関社会科学』第19号(2009)に詳しく、だが簡潔に書かれている。なので、それを読めば足りる…

堺利彦「エスペラント語の話」1905年

直言 2(7);1905・3・19 出版者:直行社 出版年月日:1905-03 ●エスペラント語の話 △世界の交通が日にまし頻繁になるにつれて、各国言語の相違により来る不便と不愉快とが愈々切実に感ぜられて来た。外国語を知らぬ者の不自由、外国語を学ぶ者の苦痛、いづれ…