千布利雄 sur la Revuo Orienta

エスペラント主義はザメンホフの思想を伝えることではない

千布利雄という人は、初期の日本エスペラント運動史において教科書をつくるなど大きな役割を果たしたひとであるらしい。
しかし、彼は小坂等他のエスペランティストと意見が合わず、エスペラント学会の理事を辞任してしまう。

すなわち、

私共のエスペラント主義によれば、エスペラントによって色々の思想を宣伝し、またこれを色々の目的に用いる者は皆、我が同志であります…。私はザメンホフの思想を伝えることがエスペラント主義であり、エスペラントの主たる目的であることを認めません…、エスペランチストの一部にこうしたザメンホフの思想、人類愛というような崇高な理想を持っている人々のあることは結構なことだと思います…。そして私自身は全く自由なる一個のエスペランチストとして…。


まあ、エスペラント世界大会の「ブーローニュ宣言」に言う「これとは別の思想や希望をエスペラント運動に付け足すエスペランチストがいても、それはまったく個人的な問題であって、エスペラント運動は責任を負わない」(Cxiu alia ideo aux espero, kiun tiu aux alia Esperantisto ligas kun la Esperantismo, estos lia afero pure privata, por kiu la Esperantismo ne respondas.)という原則を以てエスペラントエスペラント組織のあるべき姿であって、ザメンホフの思想や希望 esperanto を言語としてのエスペラントに乗せるということについて、何か許しがたい嫌悪があったのであろう。

1921年06月 p17= 改訂版千布利雄『エスペラント全程』公告ちらし p17
1922年10月 p19= 前置詞 por と pro に就て (1) … 千布利雄 p19-17
1922年11月 p24= 前置詞 por と pro に就て (2) … 千布利雄 p24
1922年11月 p25= Volapük の滅亡とエスペラント (1) … 千布利雄 p25-26
1922年12月 p15= Volapük の滅亡とエスペラント (2) … 千布利雄 p15---20
1923年01月 p16= 前置詞の意義の一定について…千布利雄 p16-17
1923年09月 p06= 学会委員を辞するについて…千布利雄 p6
1923年12月 p13= 広告の取り消し(千布利雄氏から異議) p13
1924年03月 p04= 統一(連合)機関の設置に於て…千布利雄 p4---6
1924年07月 p35= 広告:大成和エス辞典…千布利雄 p35---37
1936年06月 p14= 生きたる証拠 … 千布利雄 p14
1976年02月 p26= 千布利雄について … 坪田幸紀 p26---29
1976年03月 p20= 千布利雄の年譜(1) … 坪田幸紀 p20---23
1976年04月 p19= 千布利雄の年譜(2) … 坪田幸紀 p19---22-26
1976年05月 p18= 千布利雄の年譜(3) … 坪田幸紀 p18---21
1976年07月 p19= 千布利雄の年譜(4) … 坪田幸紀 p19---21
1976年08月 p30= 千布利雄の年譜(5) … 坪田幸紀 p30---32
1986年08月 p07= 黒板博士と千布利雄を出会わせた男 (1) … 坪田幸紀 p7-8
1986年09月 p10= 黒板博士と千布利雄を出会わせた男 (2) … 坪田幸紀 p10---12


エスペラントを普及すること

今の日本エスペラント協会の自己紹介は次のようになっている。

エスペラントを普及発展させることにより、国際相互理解を促進し、エスペラントを媒介とする文化を発展させ、またエスペラントに関する学術を進行する(ママ)ことを目的としています。

https://www.jei.or.jp/gaiyou/

関西エスペラント連盟も似たような目的となっている。

国際語エスペラントを諸国民の平等な相互理解の精神にのっとり普及・活動すること、及びその活動を通じてエスペラント文化の創出に寄与以することを目的…

http://www.kleg.org/etc/kleg.htm


エスペラント普及会は次のように述べている。

言語の障壁を取り除き、世界の平和と人類の和解を促進するため、各国語の尊重とともに、世界共通語エスペラントの国際的実用化をめざして活動を進めます。

https://oomoto.or.jp/wp/esperanto/


ここにも、協会のページにもザメンホフの「ザ」の字もなく、ホマラニスモの「ホ」の字もなく、ザメンホフの思想を伝え・広め・実現するということを掲げた有力な団体は存在しないということになるだろう。


確かにエスペラントザメンホフという「シバリ」があれば、会員の学習活動は窮屈になると思うし、却ってエスペラントの普及はより困難になるとは考えられる。そうであれば「文化」とか「相互理解」の内実などが問われることになる。
「文化」団体が、自国や特定の民族、言語の優越性(あるいは劣等性)を喧伝したり、人々を国家主義や何らかの権威に従わせることを目的とするような活動をも許容するかどうか。そのことが「文化」と矛盾しないのか。極端な例では、その団体のテーマである文化活動をも否定するような活動・破壊活動を容認するかどうか。
日本は戦争や国家主義が文化の敵であると学んだのではなかったのか。