Disproportionate impact(s) の訳語 --- ジェンダーと核軍縮

ウィーン宣言を丁寧に読んでいると、including with regard to the disproportionate impacts they have on women and girls. というのが出てくる。この、disproportionate という英語劣等生の眼には馴染みのない単語は「不均衡な」「不釣り合いな」という意味である。現に、日本原水協訳だと「不均衡に大きな影響」であり、赤旗(2022/6/27)だと「不釣り合いに大きな影響」とある。


一体何と何が釣り合いが取れていないというのか。そもそも「不平等」とも違う「不均衡」な影響って何なのか。
ちなみに、disproportionate をエスペラントに輸入して訳すと、あとで紹介してもらっている単語 misproporcia か、もしくは disproporcia、malproporcia などであろう。

ツイッターで英語のわかる人宛に質問文を出したところ、Joĉjo @JocxjoEsperanto さんから、「disproportionate というのは、この文では、他の人達よりも女性や少女に強く影響を及ぼすという意味で使われているみたいよ」と説明があり、国連軍縮研究所のドキュメントへのリンクも示してもらった。


その国連軍縮研究所の文書は

GENDERED IMPACTS
The humanitarian impacts of nuclear weapons from a gender perspective

とあって、戦争や核兵器使用の影響のジェンダーによる違いについて議論になっているのだと初めて知った。


また、disproportionate 「不均衡な影響」という言い方もちょくちょく?使われているらしいことも、検索するとわかった。

Diversifying inequality issues will continue to have a disproportionate impact on the world’s poorest people...

https://knowledge4policy.ec.europa.eu/online-resource/disproportionate-impact-inequality_en

The effects of fossil fuel pollution and the climate crisis disproportionately impact the most vulnerable among us, particularly communities of color.

https://www.climaterealityproject.org/blog/what-we-mean-disproportionate-impacts

まだちゃんと読んでいないけど、「核軍縮ジェンダー主流化」という論文も見つけた。

2000 年10 月31 日に開催された安全保障理事会4213 回会合において採択された同決議(安保理決議1325)は、紛争当事者全てが文民としての女性と少女の権利と保護を行うこと、国際連合の現地活動において…女性の役割と貢献を拡大させること、平和構築における女性の特別なニーズに配慮すること等を求め、…


2014 年のメアリー・オルソンの発表が変えた。男性より女性のほうが核兵器影響は大きいとの彼女の主張は反響を呼び、これに触発される形で、アイルランドスウェーデン核兵器ジェンダー平等の問題を熱心に取り上げるようになった。

https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/45732/20180515143808180287/hps_39_117.pdf

ジェンダーの観点が盛り込まれた核兵器禁止条約

こういう視点は全くもっていなかったので、すっかり驚いてしまった。


川田忠明さんの『市民とジェンダーの核軍縮核兵器禁止条約で変える世界』(新日本出版社 2020)が素敵に面白い。ぜひ読んでみて。

 彼は「ジェンダー観点で核軍縮を」という章を設けて「男らしさ」の表象としての「核兵器」を「女性の参加」によって廃絶する軍縮の可能性を論じています。核兵器禁止条約の前文に「核兵器の破滅的な結果」が「女性と少女に不均衡な影響を与えることを認識」という文言が入り、さらに核兵器禁止の交渉に「女性および男性の双方による、平等で十分かつ効果的な参加が、持続可能な平和と安全の促進と達成のために不可欠な要素であることを認識し、女性の核軍縮への効果的な参加を支援し強化することを約束」と明記してあります(川田さんの本から引用)。原案はもっとはっきりした文面だったらしい。しかし、世界平和構築の柱となる条約に、これだけはっきり「ジェンダー観点」が盛り込まれたのは2000年の国連安保理決議1325号で武力紛争解決のために女性の参加が必要だとした時以来の前進です。


ジェンダー視点からの平和構築論に注目―核兵器禁止条約は21世紀に「女性が世界を変える」合図になる 20.10.24
投稿日: 2020/10/24 作成者: yonedasayoko

ブログ 米田佐代子の「森のやまんば日記」より

https://yonedasayoko.wordpress.com/2020/10/24/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E8%A6%96%E7%82%B9%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E5%B9%B3%E5%92%8C%E6%A7%8B%E7%AF%89%E8%AB%96%E3%81%AB%E6%B3%A8%E7%9B%AE%E2%80%95%E6%A0%B8%E5%85%B5%E5%99%A8/

市民とジェンダーの核軍縮──核兵器禁止条約で変える世界 | 川田忠明 |本 | 通販 | Amazon

ああ、そうなの! じゃぁ、核兵器禁止条約も、ジェンダー視点が盛り込まれているということがわかるような訳文でなけりゃぁね。

...
and have a disproportionate impact on women and girls, including as a result of ionizing radiation, ...

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000433137.pdf

この訳は一体どうなっているのか。

  • 女子に対し均衡を失した影響(外務省)
  • 女子に対し過大な影響(国際赤十字日本駐在部)
  • 女子にとりわけ大きな影響(年金者組合)
  • 特に母体や少女に対する悪影響(朝日新聞2017/9/21)
  • 婦女子に不均衡な影響(赤旗 2017/7/9)
  • 母体や少女に対する不釣り合いな影響(中国新聞 2017/7/10)
  • 女性及び少女に不均衡な影響(反核法律家協会)

仮訳とことわりがあるけれど、外務省と赤旗は日本語として何のことかわからない。これが今回の疑問の発端でもある。disproportionate の訳として市販の辞書に対応しているのは赤十字の訳(「過大な」)。ただ、wemen and girls の訳が「女子」になってるのが不満。その点、朝日新聞の訳は良い。


総合すると「母体や少女に対する過大な影響」または、「女性や少女に対する、より過大な影響」などとするのがわかりやすさという点では良いのではなかろうか(ただし、後述に述べるように、草案の「母体」は「女性」に書き換えられた)。


いずれにしても、「不均衡な影響」という表現の仕方は日本語ではまだ一般的ではないので、説明しなければならないと思う。エスペラントで misproporciaj impaktoj という直訳が世界的に通じるかどうかは不明。aparte fortaj malbonaj efikoj とか specialaj などの語を用いるのが良いのではなかろうか。

追記 maternal health

核兵器廃絶日本NGO連絡会のサイトの資料によれば、wemen and girls の部分は、5月の案では、次のような表現であった。

and of the disproportionate impact of ionizing radiation on maternal health and on girls,

https://nuclearabolitionjpn.files.wordpress.com/2017/05/20170522_ban_treaty_draft_enjp.pdf

この maternal health が wemen になったのは、たぶん女性性を生殖機能にのみ「矮小化」するような読み方になってしまうから、であるとしたら、wemen について「母体」という訳は、経過からすると間違いではないけれど適切ではないということになるね。