Antifasxisma Movado en Euxropo / ヨーロッパの反ファシズム運動

ヨーロッパ反ファシズム宣言推進委員会というのが、いささか冗長な感じのする『ヨーロッパ反ファシズム宣言』とともに全欧的な反ファッショ運動を呼びかけている。
その中心団体は、TONYO氏の紹介によればギリシャの「急進左派連合(SYRIZA)」らしい。
宣言は、ヨーロッパにおける極右・ネオファシズム・ネオナチの発生する背景というのは、(書いてはいないが新自由主義的経済路線の破綻の末、)貧富の差が激しくなり、貧困と失業が深刻になっているところに緊縮財政政策を行っていることである、と述べている。そして極右勢力は社会の辺縁・下層の貧しい没落労働者・市民に絶大な基盤と影響力とを持っていると指摘している。
そのため、反ファシズム運動は今の政治社会・経済社会に対してオルタナティブを提示していかねばならないと主張してはいるが、その社会像の説明には政治・経済の方針が何もな(く物足りな)い。
国によって様相は異なるものの、こうした極右勢力に対抗する闘争とその組織の構築が急務であり、今年2013年の春には「全欧反ファシズム運動」組織を設立しようという呼びかけ文である。
この宣言書は署名して呼びかける仕組みになっていて、本日付の署名数は以下のとおりであった。
NO PASARAN ! とあるだけにスペイン語版への署名数が多い。(下の表で、エスペラントは「エスペラント語」」と書くと、「日本語語」と書くのと同じなので、訳文では本当は「語」という文字はつけない。だが、それもエスペラントをやっている人たちだけの間で通用するルールだね。)

カタロニア語    56
ドイツ語    48
ギリシャ     ?
英語    25
スペイン語 1,373
エスペラント    13
フランス語    21
ハンガリー語     5
ポーランド    11
スロベニア    10

下に試訳を示すので、興味のある方はどうぞ。上表以外に未訳の言語もあるようだ。肝心のギリシャ語のリンクが切れていて、もとの言語は何なのだろうか。いつものように分かりにくい文もあって、適当にしておいたので、訳文に精確さを求めないで下さい。

ヨーロッパ反ファシズム宣言
 第二次世界大戦終結ファシズム・ナチイズムの敗北から68年の今日、われわれはヨーロッパのほとんどいたるところで極右の台頭に直面している。しかし、それは単に不気味という以上の現象である。この極右のさらに右に、明らかにネオナチの諸勢力の出現と成長とを我々は確認している。いくつかのケースにおいて(ギリシャハンガリーなど)、社会の中にかなり大きな大衆運動を構築し、過激で人種差別的で非常に暴力的で虐殺事件を起こしかねないほど過激化している勢力である。彼らの明示された目的は、全ての労働組合や労働者階級の政治的な・文化的な諸組織の破壊である。また市民レベルでの反対者の撲滅、平等に関する権利の否定、「異質な者」、最も傷つきやすい弱い者の(物理的・肉体的)一掃、である。
 20年代、30年代と同じく、この極右やネオファシズム的な兆しの根本的な原因は、経済的・社会的・政治的そして道徳的・環境についての資本主義の深刻な危機である。資本主義は債務危機を口実に、生活水準、労働者の自由と権利、社会の下層にいる人たちに対して未曾有の打撃・攻撃をもたらしている。
 社会の崩壊の危険に直面して、「有能な人々」の恐れは増大している。社会の危機におびえている中間層の過激化と、社会調整の過酷なやり方、そして周辺化し貧困化した失業者の失望も、極右やとりわけネオナチとネオファシスト勢力もヨーロッパのいたるところでいずれもが増強しつつある。彼らは、社会の最貧層に対して絶大な影響力を獲得している。また彼らはその影響力をスケープゴートに差し向けている。---いじめや迫害の対象には、従来からの集団と新しい集団がある。それは移民、イスラムユダヤ人、ゲイ、障害者等々である。そのほか、極右らの社会運動に反対するものとして左派的な諸組織や労働組合も攻撃の対象となっている。
 極右勢力の影響力と過激な主義主張は全ヨーロッパで全く同じというわけではない、というのは明らかである。しかし、緊縮財政政策の広がりは、極右の台頭の全般化の原因となっている。結論は明らかである。極右の自発的な上昇と、大量の超暴力的なネオ・ファイズムはもはやヨーロッパ的規定〔?〕の例外ではないということ。今やその現実的な次元においてこの問題に直面している大陸から反ファシズム主義者を追い出しつつあること、これは全ヨーロッパ的な問題である。
 しかし、極右とネオナチに対する闘争が絶対的な緊急なことであるのだ、と付け加えないならば、こうした主張は不十分である。実際、ネオ・ファシズムの脅威は多くのヨーロッパ諸国においてすでに、それが反ファシズム闘争を、左翼や労働者諸組織、自由と民主的な諸権利、連帯と寛容性の価値、多様性の権利などが危機にされされている、生きるか死ぬかというのっぴきならないものにしているほど、直接的で逼迫したものなのである。われわれが人種主義やネオファシズムの野蛮さに反対する競争に引き込まれているという主張は、われわれヨーロッパの諸都市の街頭で毎日のように確認されている現実に関係している…。
 今日の危機の深層とそれがもたらしている社会的損害の大きさとを考えるに、政治の二極分化激しさ、支配階級の性急さと攻撃性、現在の対立における〔極右の〕挑戦〔という事態の〕歴史的な重大さ、そして極右の広範な台頭という事態に鑑みて、組織的計画と長期的な政治的かつ実効ある投資を必要とする反ファシズム闘争が戦略的な選択になることは明らかである。したがって、反ファシズム闘争は日常的な緊縮財政の諸政策とそれらを生み出す仕組みに対する日常的な闘争と強力に結合されねばならない。
 反ファシズム闘争が効果的に展開されかつ住民の期待に応えるためには、統一を守り民主的な、人民大衆自身の創意によるやり方において組織されねばならない。この目的のために、市民は自ら反ファシズム闘争と自衛運動を組織しなければならない。同時に、この運動を効果的にするためには、全世界的でなければならない。それは極右やネオファシズムの台頭に直面している全ての地域である。そうした地域では人種主義、外国人嫌悪、排外主義、軍国主義、むやみな暴力崇拝、「ガス室」やアウシュビッツ自体の否定などの害毒が誰の目にも付くようになっている。要言すれば、長期的に見て効果的であるために、反ファシズム闘争はその運動において、社会の別のあり方の見通しを提案していかねばならない、ということである。逆に言うと極右の提案している社会像の反対のものを示していかねばならない、ということである。その社会像とは、人の絆、寛容、友愛、両性の平等〔男性優位主義の拒否と女性抑圧の拒否〕、多様な生き方の権利の尊重、国際主義、自然の綿密な保護、民主主義的・人道主義的諸価値の保護などの上に成り立つ社会である。(太字はママ)
 こうしたヨーロッパの反ファシズム運動は、われわれの大陸で繰り広げられてきた大きな反ファシズム運動の歴史を継承するものである。この目的のために社会運動の基礎に安定した組織と日常的な活動を与える必要がある。〔それはわれわれの運動が〕社会の隅々にまで浸透し、ファシズムに反対する市民を職域・居住区・性向〔?〕に応じて縦横に組織し、人の活動するありとあらゆる分野で反ファシズムの運動を実行し、もっとも傷つきやすい人たち、移民、ロマ(ジプシー)、民族的・種族的少数者、イスラムユダヤ人、ゲイその他の、いつも[sisteme]国家的な人種主義政策やファッショ的暴力集団の犠牲になってしまう人たちを、肉体的にも、守る仕事をきちんと引き受けねばならない、ということである。
 それゆえ反ファシズム運動に多数を結集させる必要性が、ヨーロッパ的なスケールで日に日に強まっている。この宣言への署名者たちは、大多数の団結した民主的なヨーロッパ反ファシズム運動を呼びかけるものである。それの運動は、われわれの大陸で再び頭をもたげてきた茶色〔ファシズムの象徴〕のペストに対峙し勝利する力のある運動である。われわれはヨーロッパ反ファシズム運動の創立大会に向けてできる、ありとあらゆることに取り組んでいく。われわれはその運動の必要性を強烈に感じている。
 歴史を繰り返させてはならない!
 奴らを通すな!ノ・パサラン!

http://antifascismeuropa.org/manifiesto/esperanto-eo