ザメンホフについての誤解

よるある誤解

ザメンホフ

エスペラント…せっかく言語を統一しようとして考えられたのに定着しなかった。

まあ、アジア人には不向きな文法だから、仕方ないな。

※引用もとの文章はもうありません。しかし、このように思っておられる方も多数おられると思うので、これまで私が、エスペラントザメンホフの関係書物をウスラ読みした記憶をまとめておきます。

ザメンホフは言語を統一しようとしたのではないです。

エスペランティストの中にはそういう「言語を統一しよう」と思った人はいたでしょうが、私の知っている知識では、ザメンホフ自身はそういう思想を持ってはいませんでした。一時期、持ったかもしれませんが、その思想は多分短期間で否定されたと思います。


歴史的には

言語を統一しようとしたのは旧帝国主義諸国(と覇権主義諸国)

歴史的には言語を統一しようとしたのは、フランス、イギリス、ドイツ、日本などの旧帝国主義諸国であって、その統一の仕方は諸言語の折衷などではなく、自国の言語を優れたものとして他民族に強制するというやり方でありました。
ザメンホフ自身と彼の青少年の時代の人々こそ、まさに言語を統一しようとする列強諸外国の権力によって、差別されたり、弾圧されたりした当の被害者たちであったわけです。

キュリー夫人

もう少し有名な例では、(私が子どもの頃読んだ伝記では)ポーランド人である「キュリー夫人」マリア・スクロドフスカが子どもの頃、学校でロシアの視学の前で、ポーランド語ではなくロシア語でロシアの皇統を暗唱させられたりしています。少し調べれば関係の資料が出てきますね。

……しかも、その頃のポーランドナポレオン戦争後に開かれた欧州列国会議(1814年)によりロシアに併合されたまま。1918年に独立を勝ち取るまで約100年の間、ロシアの支配下にあり、学校では自分の国の言葉であるポーランド語を使うことも、自分たちの国の歴史を学ぶことも禁止されていた。

http://www.jfss.gr.jp/jp/zuisou_27j.html
アフリカでも

そしてとりわけアフリカ諸国では、現在もさまざなま社会的格差を固定する役割を旧宗主国の言語が果たしているという現実があるようです。例えば、あのサンコンさんの国ギニアでは公用語はフランス語なんですよ。日常のコトバは別にあるのに!
つまり、母語・母国語、日常語が豊かに使えても、「何の価値もなく」、英語やフランス語ができて初めて「出世」でき、「まとも」な「知的」な生活ができる(エリート・支配階層)というような社会で、そういう支配的な「階層」が、そっくりそのまま特定の「部族」によって占められているというわけ。そういう国が(多いか少ないかは知らないけれど)アフリカにはあるそうです。旧ソ連ではロシア語がエリート言語になっている国があるようです。

前に書いた、ギニアでは……言語の非植民地化を参照。

誤解(?)によるエスペラントエスペラント話者の迫害

冒頭のような誤解は昔からあったらしく、創始者ザメンホフ自身がユダヤ人であったことから、エスペラントという言語自体が「世界支配をもくろむユダヤの陰謀」の一環として敵視され、ドイツ・ナチズムから組織的に弾圧・虐殺をされたこともあったそうです。

追記(2009/05/14):

  • ソビエトやその「圏内」でのロシア語の「強制」「推奨」がどのようであったのかは、私は知らないですが、モンゴルでキリル文字が使われていたことに見られるように、それはあったのだろうと思います。
  • 覇権主義的な態度は、大国によるものとは限りません。たとえば、グルジア内での少数民族に対するグルジア語の強要など。ただし、これを覇権主義と呼ぶべきかどうか、確信はありませんが。
  • 土着語を警察的もしくは学校内で禁止するというような経済外的強制のほかに、アフリカの例に見るように、その言語を知らないと「どもならん」仕組みのような経済的強制もあります。
  • 一国社会主義を目指すスターリンは、永続的世界革命を目指すトロツキーを排除する立場から(反トロツキーが主たる理由かどうか知らないですが)、民族語や一国社会主義と対立するものとしてエスペラントエスペランティストを弾圧したらしい。一方で、ロシア語こそがインタナショナル=プロレタリア=社会主義にふさわしいとして、これを推奨したとのこと。(伝えられている正確な歴史はいずれまた勉強してみます。あまり強い興味はありませんが。)

ザメンホフが目指したもの

ザメンホフが目指したのは逆に、諸言語の尊重を第一にした「国際共通語」の発見・もしくは構築でした。彼は大国の諸言語の他民族への押し付けをやめて、平等に・暴力ではなく平和的に「話し合い」ができる言語の必要性を身をもって文字通り生理的・物理的に痛感したがゆえに「エスペラント」の創出に血道をあげたのです。
ウィキペディアエスペラントや、ザメンホフについても参照していただきたいものです。私個人としては、『希望する人ザメンホフ』というのが子ども向きながら、感動的でありました。

エスペラントは楽しいですよ

まあ、アジア人には不向きな文法だから、仕方ないな。

まあまあ、そう知りもしないくせに「不向き」とか言わないの。だいたい日本語の文法が特殊なのではないのかな? 日本の文法はアジアの他の国に親和的なのかな? アジアの他の国の文法を知ってて書いておられるのかな?
私としては、バッシングしたいのではなくて、正しく理解してほしいだけですから、このくらいにしておきますが。

知っててほしいのは

上の記事のことと、エスペラントは楽しい!ってこと、文法が簡単ということです。私のように外国語が不得意な者ほどその楽しさは大きくなるのではないかしら。


元記事をあわてて削除された方も、そんな深刻にならないでくださいね。