敬称は略させていただく。
弾圧された人々
やみくもに弾圧されたエスペランティストとして、朝比賀昇は、La Revuo Orienta 1980年11月号「エスペラント運動に対する太平洋戦争中の弾圧について」で、以下の人物を挙げている。
- アリマ・ヨシハル
- 松田周次
- 松葉菊延
- 野島安太郎
- 川崎直一
- 加藤通隆
いずれもエスペラントを学んでいただけ、あるいはそれが契機で逮捕されたりエスペラントを禁止されたりしており、朝比賀によればこうした弾圧は「共産主義に対する」ものではなく、「ザメンホフの正統の子」として「エスペラントが国際共通語をめざし、平和を目標とするかぎり、「言霊の佑はふ国」「東洋平和のために戦ふ国」の国体と相容れるはずがなかった」ので、エスペランティストは「八紘一宇」を目指す大日本帝國の国体の本義にもとる国賊だったのである」とまとめている。
だが、朝比賀のプロレタリア・エスペラント運動衰微に関しては、弾圧によるものというより「自業自得」というような表現をしている。(「治安維持法と反戦エスペランティスト」)
加藤の供述に見る「エスペラント運動の衰退」
さて、上に紹介したリストの最後の加藤の逮捕時の供述から採ったと思われる文章が、竹内次郎「プロレタリア、エスペラント運動について」(社会問題資料叢書 ; 第1輯)にある。なお竹内は史家ではなく、治安維持法下の権力側の検事である。
…進歩的エスペラント運動はエスペラントを人民戦線政策と機械的に結び付けたものに過ぎなかった為、エスペラント大衆に喰入ることが出来ず従って運動としての発展性もなく、特に清算し切れぬ政治的偏向が災いして間もなく弾圧されて了ったのであります。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12247947
かくして日本のプロレタリア、エスペラント運動、即ち人民戦線運動の一翼であった進歩的エスペラント運動は一応壊滅せる如く認めらるるにいたったのでありますが、其の主体的な原因は客観的情勢に対する測定を誤ったことや支配階級の民族的排他的デマゴギーに災いされて、思想的中立性の上に立つエスペラント運動さえもが危機に瀕する有様となったのであります。そして日本のエスペランチスト達は積極的に反動化してエスペラントをファッシズムの祭壇に捧げるか或いはエスペラントを放棄するかの岐路を彷徨している状態となり、就中エスペラントの内在精神に対して良心的な人たちはスランプに陥って次第にエスペラントに対する関心を失いつつある有様であります。
然しエスペラントをファッシズムの祭壇に捧げることが積極的な反動としてエスペラントの自殺を意味するものとすれば、エスペラントを放棄することは消極的な反動として客観的にはブルジョア言語文化に対する屈服を意味するものなのであります。
〔ではどうするか・どうすべきか〕
…要するに…プロ、エス運動の陥った誤謬は、程度の差こそあれ、その政治的偏向主義に在った。エスペラント運動には本来の文化的使命があるのであって、先ずそれを完全に遂行しなければならない。その任務遂行の過程並〔びに〕結果から政治的効果を狙うべきであったと云うことに帰し得るであろう。
この自虐的で日和見主義的な供述が朝比賀の「日本のプロエス運動があえなく消え去った」原因としての「政治的偏向や闘争手段の拙劣さ」の評価・認識の源泉であると推測できないであろうか。この供述の「総括」的な部分について、加藤に責を負わせるべきかどうかは、わからないが。