単語 postul/i その2 peti

Akademio de Esperanto の Respondoj de la Lingva Konsultejo (parto 2)に標記の参考になる質問と回答があったので、翻訳して示して考えてみる。
Akademioの記事もこのページの記事もあまりちゃんとは読んでなくて、標記に関する部分のみの掲載である。
結論的には、質問は良いのだが回答がなんだかはぐらかされた感じがする。

なお、ブログのこの記事のタイトル peti は辞書には次のようにある(一部のみ引用)。


  • peti ≪iun+pri io, ion (+de iu)≫ める, 請う
  • peti ≪iun+-i, iun+ke -u≫ …するようお願いする, 頼む

質問と回答

質問 2011.01.28

「peti al iu」とか「demandi al iu」は今の言い方でアリでしょうか。
私がエスペラントを学んだときは「peti ion de iu」「peti iun pri io」と強調されましたし、そういう使い方が新PIVにも載っています。だけど、2010年キューバ開催のILEIの大会で、私は「peti al」とか「demandi al」とか言っているのを聞きましたし、国際教育レビューにもそう書きました。(書いてありました?)
サルトラート氏、マクギル氏の教科書も「demandi al」という句を使っています。私のエスペラントの生徒たちのこの点を今でも強調すべきなのでしょうか。この peti / demandi al の使い方はもうすぐPIVに載ったりするのでしょうか?

PIVはアカデミーの辞書ではないことは知っていますが、エスペラント界では権威のある辞書となっています。私が疑問に思ったときに頼る特別な参考資料です。
よろしくお願いします。

回答
拝復、質問者さん
 エスペラントにおいては、民族語におけるのとは異なって、動詞の制御に用いられる前置詞というのは、厳密に(しかもしょっちゅう恣意的に〔?〕)固定されているというわけではありません。エスペラントの前置詞自身が、より明確な基本な意味を持っており、そのため構文の形式の選択が、その表現に特定の意味解釈を与えるのです。これに関連してエスペラントは民族語より柔軟であり、そのことが民族語においては簡単にはできないようなある種のニュアンスの付与が可能なのです。ザメンホフはある問答の中で次のように述べました。「instrui iun pri io」も「instrui ion al iu」もどちらも正しい表現の仕方である、と。
 ものを依頼する petado とき、主体以外に、依頼が向けられる人物やその依頼物にも役割があります。その人物は直接的な補語の役割を担わせられるし、依頼物は「pri」の補語の役割を担わせられる。つまり peti iun pri io と書くことができる。しかし、同じように依頼物に直接補語、人物には al の補語を与えることもできる。つまり peti ion al iu と書くこともできる。もっと強い依頼、つまり postuli と peti とを調べて比べてみると、その最も普通の構文は「postuli ion DE iu」であることがわかる。別の言い方をすると、その要求を満たすことになっている人物から「de iru 〔発する〕」ものとして、その要求物は表現されていることになる。だから、「peti」も「peti ion de iu」と書くことができるし「peti informon CxE persono aux instanco」と書くこともできる。
 同様の選択肢は、複数の他の動詞に他のいくつかの動詞にも原則的に見られる。たとえば次のように。

  • demandi iun pri io
  • demandi ion de iu
  • demandi ion al iu
  • redpondi demandon
  • respondi personon
  • respondi al demando
  • respondi al persono
  • danki iun pro io
  • danki iun por io
  • danki ion al iu

 そして実際、これらのあまり一般的ではない形式の多くは、ザメンホフの著作に出ています(peti ion de iu, demandi de iu ion, danki al iu)。エスペラントの基礎にもあります(peti de iu)。
 このようにエスペラントで実現可能なニュアンスのおかげで、エスペラント語の語根が比較的少ないにもかかわらず、豊かなニュアンスを表現することが可能なのです。この観点からすると、あれこれの異なる構文を選択できる性質は、言語の不安定さを示すものではなく、むしろ柔軟性、弾力性、表現力の表れと言えるでしょう。
 もちろん、こうした組み合わせの可能性や組み合わせの意味に影響を与える要因は多い。例えば、ザメンホフの例では、「peti al iu」は「peti iun」とは全く異なる意味を持つのです。

  • “Se li jam venis, petu lin al mi.” (Ekzercaro de la Fundamento de Esperanto)
    「もう彼が来ているのなら、ここに呼んでくれ(来るように頼め)」(エスペラントの基礎の問題集)
  • “Mi petas vin sinjoroj, se vi estos en Peterburgo, mi petas, mi petas al mi.” (La Revizoro)
    「ペテルブルグにいらっしゃるようなことがあれば、皆さんぜひぜひ拙宅におこしください(ご招待します)」(監察官)
  • “Iru, petu al vi vazojn ekstere, de cxiuj viaj najbaroj” (Malnova Testamento)
    「ほかへ行って、隣の人々から器を借りなさい」(旧約聖書列王紀下4:3)

こうした例は、「peti al iu」という表現が、文脈によって少なくとも3つの異なる意味を持つことを示しています。これが、「peti ion al iu」という表現が比較的あまり使われない理由の一つです。つまり、これは初めからのタブーではなく、「優れた書き手」が、意図した意味を明確に表現し、誤解を生じさせないような表現を無意識のうちに選択している、ということです。
 結論:ただ一つの構文の正しさについての硬直した主張、他の可能な構文すべての否定(破門する)には、十分注意すべきです。しかし、選択の自由は絶対的なものではないことを忘れてはいけません。はっきりと言いたいことを表現するためには、紛らわしく誤解を招くような表現は避けなければなりません。
敬具 アレクサンドロ