「プロ・エス運動の政治主義的拙劣さによる自滅」説の発信源

神村和美氏「『転向』の時代のプロレタリア・エスペラント」(城西大学語学教育センター研究年報 第15号、2023年)より

エスペラント普及の先駆者、大杉栄への対応

 タイトルとは直接の関係はないが、「プロ・エス運動」の対極の一つとしての「中立主義」について、論究しておられるので紹介。


 関東大震災時に大杉栄らが虐殺された(甘粕事件)が、大杉はエスペラント学校を開き千布利雄等を教えたほか、中国ルートを開くなどエスペラント普及のパイオニアであったが、JEI等エスペラント紙誌は追悼記事を出さず、このことは当時の他のジャーナリズムと比しても冷淡であった。
 「民族や言語、思想の相違を根拠に起こった虐殺事件に対し沈黙を決めこんだことは中立主義的なエスペラント運動が社会的には何の力をも持ち得ないことを大衆に知らしめてしまう結果を招いたであろうことは想像に難くない」。


プロレタリア・エスペラント運動の「拙劣」評価の源泉

 朝比賀昇氏がプロレタリア・エスペラント運動やその参加者に経緯を払いつつも、「運動の拙劣さ」によって自壊したというような評価・認識を公表していたことを残念な気持ちで紹介したことがある。

 そしてそれは、竹内次郎「プロレタリア、エスペラント運動について」に収録されている、治安維持法で逮捕されたエスペランティストの供述に拠っているのではないか、と推測した。


 しかし、こうした見方の源泉は官憲の側からだけではなく、エスペラントの側からもあった。
 神村氏はリンスの『危険な言語』における言及に疑問を呈する。日本エスペラント学会(JEI)の「中立性」と対比させ、プロ・エス運動を「自殺的抵抗」と表現している。プロ・エスの無謀な方針が権力者の弾圧を招き、時には「偶発的」に死に至ったこともあった、とリンスは書いている。しかしこれはプロ・エスへの悪意ある曲解であり、中野重治も指摘している通りエスペラントの理念や労働者階級の人間回復の運動を抑圧する側の論理である。
 こうしたリンスの見解は、内部事情に精通していた大島義夫・宮本正男の証言に拠った可能性があると神村氏は述べるが、私は理解力がないためかよくわからない。それよりも『反体制エスペラント運動』に引用されている1933年のポエウ第2大会(『カマラード』1933年4月号)での秋田雨雀の発言とその肯定的紹介が源泉の一つかもしれない。すなわち、

…同志秋田雨雀が議長席につき挨拶をのべた。氏は『日本のプロエス運動の発展を阻害したものは中立主義エスペラント運動にたいする戦術を誤ったためでなく、むしろ機械的政治主義にその罪がある』ことを強調した。…

https://dl.ndl.go.jp/pid/12588094/

このあと『反体制エスペラント運動史』は述べている。

(秋田が指摘した)「機械的政治主義」に傾いたポエウ幹部の指導は、語学的な学習を基本とするこの言語文化運動をして、ポエウ員の質的な向上、活動家の養成をさまたげた。

「拙劣」評価の震源

 ということは、可能性としては、『反体制エスペラント運動史』に書かれているように「政治主義的なコップの指導に飽き足らず、その路線についていけなかった秋田雨雀・武藤丸楠・中垣虎児郎・大島義夫たち」が、プロ・エス運動の政治的偏向の拙劣さ、という評価の震源地かもしれない。
 すなわち、先に書いたように、弾圧され、言論のみならず身体の自由も奪われるほどの「政治主義的偏向」がプロ・エス運動を壊滅に導いたのだ、と。
 この「拙劣」言説について、どのように評価すべきであろうか。
 「ファシズムへと傾斜し、わずかな不協和音であっても膨圧でねじ伏せ、帝国主義戦争へと突き進んでゆく国家情勢に対し、立ち上がらずにはいられなかったブロレタリア・エスペランティストたちの想い---関東大震災下の虐殺の犠牲者や、教育の斯界を奪われている世界のプロレタリア階級の言語問題に関心を寄せてきたプロレタリア・エスペラント運動」(神村)の立場---それはエスペラントを生み出したザメンホフエスペロにも通ずる---からすれば、「手控えて口をつぐみ、おとなしくしていればよかった」というような言説には日和見主義的な卑怯さしか見いだせない、と言わねばならないのではなかろうか。