1887年12月のドイツの新聞が「エスペラント博士の国際共通語」ではなく「エスペラント-語」と表記したのが、ザメンホフの「国際語」について「エスペラント」と表記された最初だったのではないか。
エスペラントは1887年7月に「国際共通語」という名で発表されたのに、いつから「エスペラント」と呼ばれるようになったのか。
2025年7月の「いつからザメンホフの「国際語」は「エスペラント」と称するようになったのか」では、1889年に発行された世界で初めてのエスペラント新聞『La Esperantisto』第一号にすでに La internacia lingvo ≪ Esperanto ≫ もしくはマーキングしていないが La lingvo ≪ Esperanto ≫ とあり、最も早いかもしれない刊行物として確認した。
また、言語名としての Esperanto は、Marx-ism のような 人物名+ism すなわち Esperantisto からの転換かも知れないという指摘もあった。
■「国際共通語」という名称は使いにくい
複数の民族語も含む国際共通語があるなかで、エスペラント博士の言語が「国際共通語」という名称であれば、それについて論じるときには「エスペラント博士の」といちいち冠しなければならず、また、ヴォラピュクがウムラウトが要るとはいえ Volapuk で済むのに、エスペラントは、dr. Esperanto's International Language とか Dr. Esperantos internationale Sprache、 エスペラント博士の国際共通語とか、とにかく長い。■ドイツにおける Esperanto 博士の紹介は翌月から
1887年8月25日付の『Berliner Börsen-Zeitung』が検索(DEUTSCHES ZEITUNGSPORTAL)の結果一番早く、ヴォラピュクのライバルとして「新しい国際共通語」がエスペラント博士から発表された、というような記事の中で Esperanto を使用している。しかしこれは人名(ペンネーム)としてである。
9月に入ると多くの新聞が似たような文章で Dr. Esperanto という語を用いている。
■「エスペラント語」の登場
Hamburgischer Correspondent の1887年12月17日付は第1面の右下隅からエスペラントの比較的詳しい紹介記事が始まっている(リンク先は第2面)。書き出しは次のようになっている。このカメノコ文字は s f k t の見分けが難しいのと、リンク先は画像にタッチすると左側にテキストが表示される(パソコン)のだが、よく間違っている。なので、目視で書写してみたが下記も間違った単語があるかも知れない。
Lingvo Internacia.
Dr. Esperanto, Internacionale Sprache. Warschau 1887.
Vor einem Vierteljare ging die Notig durch die Zeitungen, dass Vp [Volapuek ?] einen Concurrenten gefunden habe in einer internationalen Sprache, welche ein Herr Dr. Esperanto demnaechst herausgeben werde. Nach der Versicherung des Erfinders sollte Jeder, auch wenn er keine Ahnung von der Sprache habe, nach Verlauf einer Stunde im Stande sein, sie zu verstehen mit Huelfe eines sogenannten Woerterbuches, welches nur aus einer einzigen Tafel bestehen solle, trotzdem aber den ganzen Vorrath der in dieser Sprache zu verwendenden Woerter enthalte.
国際語。
エスペラント博士、国際語。1887年ワルシャワ。
四半年前、新聞各紙は、Vp(ヴォラピュク?)が国際言語に競合相手を見つけ、間もなくエスペラント博士が出版するというニュースを報じた。発明者の保証によれば、その言語の知識が全くない人でも、いわゆる辞書を使えば1時間以内に理解できるようになるとのことだった。辞書はたった一つの表で構成されていたが、それでもその言語で使われるすべての単語を網羅していた。
そして、いよいよ当該の箇所である。私の、新聞の割り付けの読み方を正して読み直してみたら、この文は前の文にすぐ続くものであった。
Das angekuendige Buechlein ist jetzt erschienen und haelt in der That, was dir Reclame versprochen hat. Innerhalb einer Stunde kann man nicht bloss die ganze Grammatik, sondern auch noch die gesammte Littertur der Esperanto-Sprache (die beigegebenen Uebungstuecke) bewaeltigen.
たった一つの表からなるはずのこの辞書には、この言語で使われるすべての単語が収録されている。宣伝されていた小冊子がついに出版され、広告で謳われていた通りの素晴らしい内容となっている。たった1時間で、文法だけでなくエスペラント-語の文学作品全体(同梱の練習問題)もマスターできる。
1887年7月にEsperanto博士が発表した国際語について、1887年12月には、新聞記事でなので短くしたかったのか「エスペラント博士の国際語」とは書かずに、「エスペラント-語」と書いた。
Hamburgischer Correspondent
https://x.com/Blanka_Meduzo/status/1971095136902971479/quotes
1887年12月17日付
■時間の問題だった「エスペラント」
しかしエスペラントと呼ばれるようになるのは時間の問題だったと思う。なぜなら必ずヴォラピュクとの対比で
https://x.com/Blanka_Meduzo/status/1971353277901218290
「ラ・インテルナツィア・リングヴォ・デ・ドクトロ・エスペラント」
のうち lingvo まではなじみのある響きだし、まずは Dr. が省略されて話される。次に会話では internacia は自明なので省略したい。
la lingvo de Esperanto で通用する。La lingvo だけではヴォラか露語かわからないので次に省略されるのは de。
ここまでくるともう la lingvo Esperanto が会話の中では Esperanto になっても何の違和感もない。
どこに何を書いたか忘れたので、ここにも書くけど、こういう会話が読者の間ですぐに始まったに違いない。